今日のウオズミ

サラリーマンの雑記。かっこいいサラリーマンを目指すのだ

【黒歴史】電撃大賞1次落ち→小説家になろうに載せてたラノベを晒す③

これらの続き!

まさか3記事にまたがるとは思ってもみなかった。

今回で終わりです。

今更だけど知り合いに読まれるのは恥ずい(確信)

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「ハナ! ハナ! しっかりしろ!」

「落ち着いて、明くん。すぐに着くから」

「でも!」

 意識のないハナを目の前にして、完全に冷静さを失ってしまった明はしかし、一一九番ではなくて博士に連絡を取るくらいの判断力はまだ残していた。永遠に続くようにも思える呼び出し音の後、幸いにも博士は電話に出て、すぐに明の家に向かうと言ってくれた。家に着いた博士の車にハナを乗せ、研究所に向けて走り出す。明はハナに膝枕して、必死でハナの名前を呼ぶ。さっきまで熱で苦しんでいたハナは、今はうめき声ひとつ出さないで死んだように眠っている。窓の外を、ものすごい速度で景色が流れていく。何回か、クラクションの音と怒鳴り声がかすかに聞こえてきたけれど、その雑音は外の景色と一緒に風に乗って消えていった。この間乗せてもらった時の丁寧な運転が嘘のようだ。その荒い運転が明の不安をますますかきたてて、明は博士に止められてもなお、ハナに声をかけ続け、それは車が無事研究所に到着するまで終わることはなかった。

 研究所に着くやいなや、博士はその細い見かけにしては意外なほどあっさりとハナの体を抱え上げ、玄関のドアを乱暴に開けると、どんどん奥へ歩いていった。もう明に出来ることは何もない。明は黙って博士の後をついて歩く。

「これからとりあえずハナの状態を確認する。ただの体の不調なのか、それとも遺伝子レベルで不具合が起きているのか。君はここで待っていてくれ」

「ハナは助かりますよね? 大丈夫ですよね?」

「それをこれから確かめるんだ」

 研究室のような部屋の前で、博士は明にそう告げた。明はすがるように博士を見るが、博士の顔は固い。博士は明の返事を待たず、足早にその部屋の中に入っていく。明にはその背中を見送ることしか出来ない。重そうな部屋の扉が完全に閉ざされると、明は頭を抱えて床にへたり込んでしまった。

 頭を抱える明の手には、まだハナの熱が残っている。温もりと呼ぶにはあまりにも熱い体が、ハナの状態を物語っていた。何か機械のような音が扉の向こうから聞こえてくる。明には分からない何らかの装置を使って、ハナの体を調べているところなんだろう。分厚い扉から漏れてくる無機質な耳慣れない音を、ただ聞いていることしか出来ない。たった一枚のこの扉が、明にはまるで二人の世界を隔てる境界線にも思えた。こちら側の明は世界のことなんか何も知らないけれど、向こう側の二人は世界のルールを破ってしまった存在なのだ。明は無力だった。明は愛想が悪くて繊細で、友達も少ないただの高校生で、気味の悪い機械の音に耳を塞ぎたくなりながら目の前の扉が開かれるのを待つだけの、たったそれだけのことで震えが止まらなくなるほど、臆病な少年だった。

 明の胸に後悔がつのる。どうして安静にさせておかなかったのかと、自分を責める。仲直りなんて、過去の思い出なんて、ハナが元気でないなら何の意味もない。ハナがどれだけ意地を張っていたって、無理やりにでも寝かせておかなければいけなかった。それが、明の義務だったのに。

思えば今まで、ハナにはずいぶんとひどいことをしてきた。しばらくはペット扱いしていたし、何も知らないハナを何度も泣くまで叱りつけた。ハナは自分にずっと親愛の情を送り続けてくれていたのに、明はそれに応えなかった。自分の勝手で拾ったくせに、親しくなっていくうちに怖くなって、また失いたくなくて、自分の心を守るために、自分とハナとの間に線を引いた。ほんとは、ずっと仲良くしたかった。冷たい態度なんかとらないで、最初から素直になっていればよかった。一人でいるのが長すぎて忘れていた。大切な人を大切にすることも、その喜びも。なんて愚かな時間を過ごしてきたんだろう。時間はあったのに、明は何も考えていなかった。素直になるのにこんなにかかってしまうだなんて。

そして今、ようやく気付いた大事なものがまたなくなってしまうかもしれない。これは、罰なんだろうかと明は思った。何も学んでこなかった罰。恵子や、周りの友達の優しさから逃げた罰。ハナの気持ちと向き合わなかった罰。せっかく分かりあえたところだったのに、神様はそれすらも明から取り上げてしまうのだろうか。

「ハナ……」

 明は冷たい床に座り込んだまま、焦点の定まらない目で呟いた。扉の向こうからは、まだ謎の機械音が聞こえている。後悔と恐怖で、明はもうおかしくなってしまいそうだった。明は膝を抱えて、せめて涙をこぼすのだけは我慢しようと思って、必死で歯を食いしばった。

 その時、明の携帯電話が鳴りだした。デフォルト設定の味気ない電子音が、狭い廊下に響く。明はその音にびくりとしながら、慌てた手つきでポケットから携帯電話を取り出して、かけている相手を確かめる。

「恵子か……」

 こんな時にと明は思った。後でかけ直そうかとも思ったけれど、恵子にも今の状況を説明しておくべきだと思い直して、明は通話のボタンを押した。

『あ、明? どう? もう仲直り出来た? あのさ、もう出来てるならいいんだけど、もしまだだったら、もう一回私からハナちゃんに……』

「恵子」

 二人のケンカのことを心配してまくしたてる恵子を、強引に遮った。その声の暗い調子に、恵子も話すのをやめる。

『ど、どうしたの? なんか変だよ』

「ハナが倒れた」

『えっ……』

 明は短く、それでいて分かりやすく、ハナの身に起こっていることをひと言で恵子に伝えた。恵子の息を飲む音が、電話越しにかすかに聞こえる。

『それって、どういう……』

「倒れたんだ。朝から熱があったけど、昼過ぎになって急に意識を失って……」

『ハナちゃんは大丈夫なの? 今どこにいるの?』

「今は博士の研究所にいる。この前言った、昔ハナを助けた人だ。その人が、ハナの体を調べてる」

 電話の向こうで叫ぶように明を問い詰める恵子に、明はぼそぼそと力のない声で答える。

『その人がいるってことは、ハナちゃんは大丈夫なのよね? 別に命にかかわるとかそういうことじゃないんでしょ?』

 ハナを造った本人がいるなら、と恵子は少しほっとしたような声になる。今回も、いつか博士がハナを拾った時のように、何かの治療をして、またハナは元気になって帰ってくるんだろうと思っている声だった。明は、それを否定して、ちゃんと真実を話さなければいけない。

「まだ、分からない」

『……ちょっと、分からないってどういうことよ。その博士がハナちゃんの生みの親みたいなものなんでしょ? その人がいればハナちゃんを治せるんじゃないの?』

「……お前には話してなかったけど、ハナはいつまで生きられるか分からない。知ってるだろ、ハナは人間と犬の遺伝子を組み合わせて、それで無理やり命をつないでいる。詳しいことは全然分からないけど……、やっぱりルール違反なんだよ。だから、いつ死んだって何もおかしくない。博士は、それを今調べてる。ただ具合が悪いだけなのか、遺伝子の異常のせいなのか」

『じゃあ、もしその遺伝子のせいだったら……』

 恵子が口ごもる。電話のノイズだけが明の耳に届く。

「ハナは、助からないかもしれない」

 恵子の言葉の続きは、明が引き継いだ。自分で言った言葉の重みに、明はまた怖くなって震える。

『……』

 恵子も明も、何を話せばいいか分からなくなってしまって、黙り込む。恵子がどんな顔をしているか、電話越しでも見えるようだった。多分、自分も同じような顔をしているのだろう。もしかしたらもっとひどいかもしれない。とにかく、このまま黙っていても何も事態は動かない。また何かあったら連絡する、と言って明が電話を切ろうとした時、扉の向こうの機械音が止まった。

「……」

 明は携帯電話を持ったまま息を飲んだ。終わったんだろうか。今は、何の音も聞こえてこない。

『ちょっと、何かあったの?』

 明の様子がおかしいのを察して、恵子が聞いてくる。けれど、明はその質問に答えることは出来なかった。明とハナの世界を隔てていた扉が、ゆっくりと開いた。

 明は疲れ切った顔をしている博士に駆け寄った。ちょっと、あきら、と恵子が自分を呼んでいる。だけど今はそれに返事をしている暇はない。

「博士、ハナは、ハナはどうなんだ? 大丈夫なのか? なあ!」

 明は必死で博士に詰め寄る。しかし、どうしてか博士の顔は暗い。

「今は落ち着いてるよ。やることはやった。ただ、覚悟はしておかなきゃいけないだろうね」

「なっ……」

 覚悟。その言葉が暗に意味するところを、明には一つしか思いつかなかった。明の手から携帯電話が滑り落ちる。固い音をたてて、床に転がる。ねえ、あきら、あきら、と焦ったような恵子の声が聞こえてくる。その声は、すぐそこから聞こえているのに、明にはどこか遠くで響いているように感じられた。足元がなんだかふわふわしてうまく立っていら

れない。

「なんだよそれ……なんだよそれ!」

 明はすがりつくように情けなく博士の胸倉をつかむと、博士の顔を見上げて叫んだ。

「頼むよ! ハナを助けてやってくれよ! やっと、やっと分かってきたんだ! なあ! これからなんだよ!」

「あ、明くん……」

「お願いだよ! ずっと素直になれなかったけど、ようやく、ちょっとずつ分かり合えてきてたんだ! これからなんだ! これからなんだよ、俺たちは!」

 明は博士の体をがくがくと揺さぶる。

「お、落ち着いて、明くん」

博士がどうにか明をなだめようとする。いつの間にか、明の目からはこらえていた涙がぼろぼろと流れていた。明は構わず、博士にすがりついたまま懇願する。

「なあ博士! ハナを助けてよ! お願いだよ! もうハナが傷つくようなことはしないし、どんなに忙しくても一緒の時間を作る! 何でもする! 何でもするから、もう俺を一人にしないでくれ! もう俺から家族を奪わないでくれよ!」

 明の最後の叫びは、もう博士に向けられたものではなかった。神様とか天使とか、そういう大いなる何かに救いを求めた、儚い願いだった。明は博士にしがみついたまま、ただそんな奇跡にすがって叫び続けた。

 もう一度ハナの声を聞きたい。もう一度ハナの笑顔が見たい。もう一度、ハナに会いたい。明は、もう二度と叶わない願いを思って、涙を流した。あきら、あきら、とハナが小犬みたいにちょろちょろとまとわりついてきた、そんな日常を思い出す。あきら、あきら。なんだかその声が聞こえてくるような気さえした。

「ねえ、明はハナが死んじゃったら寂しい?」

「寂しいよ! ハナが死んだら俺は寂しい!」

「もう明はハナがいないと生きていけない?」

「ああ! 俺はハナがいなきゃダメなんだ!」

「明は、ひょっとしてハナのことが大好き?」

「俺は、俺はハナのことが……ん?」

 そこで違和感に気付いて、明はばっと顔を上げた。博士の後ろから、えへへ、と照れ笑いを浮かべたハナがひょっこりと顔を出す。

「な……ハナ、どうして?」

 明は絶句して、幽霊でも見てしまったように後ずさる。とっさにハナの足元に目をやる。ちゃんと両足が生えていた。体も透けたりはしていない。

「お前、だって、今死ぬところなんじゃ……」

「あー、ごほん」

 何が起きているのかまったく飲み込めないでいる明に、博士が申し訳なさそうに、そして笑いをこらえるように口を開く。

「あのね、実はね、覚悟しなきゃっていうのは、このまま熱が下がらないようならちゃんとした病院に連れていく覚悟をしなきゃ、って意味だったんだよね。ハナの体に異常はなかったんだけど、やっぱり風邪にはお医者さんの処方箋が一番でしょ? 市立病院の偉い人なんかは僕たちの事情を知ってるから、ちゃんと診てもらえるんだけど、やっぱり手続きとかが普通よりも面倒なんだよねー。いろいろと書類にサインしたりさ、なんだかんだそういう大変なことをしなきゃいけないんだよ。だから、そういう意味での覚悟、っていう言葉だったんだけど……」

「は……?」

「だからー、ほんとはハナの体は全然問題ないんだけど、君がちょっと勘違いしちゃいました、っていう話」

「なっ……」

 博士はしれっとそんなことを言う。明は口をぽかんと開けたまま固まってしまう。明は何か喋ろうとしてぱくぱくと死にかけの金魚みたいに口を動かすけれど、息が漏れるばかりで声が出てこない。ハナのほうに目をやると、ハナも少し照れたように、上目づかいで明を見つめていた。

「もうっ、せっかくうとうとしてたのに明が大きい声出すから起きちゃったじゃん。まっ、明があたしのことどう思ってるかも知れたし、別にいいんだけどねー。でも、あんなに情熱的な……」

「ハナ」

「えっ?」

 しかし、正気を取り戻した明は、熱っぽい顔ではにかむハナを遮って、強くその体を抱きしめた。さっきはあんなに不吉に感じたハナの体の熱が、今は何よりもいとしく感じた。

「ちょっ、ちょっとー」

「よかった、よかった……」

 ハナが控えめに抗議の声を上げるけれど、明にはまったく届かない。明は、それまでのすべての不安を忘れて、ハナがいる喜びをその手に抱いた。ハナは明よりもだいぶ小柄なので、寄りかかるような、しまりのない姿勢になる。明の頬を大粒の涙が伝う。だけど、それはさっきまでの絶望に濡れた冷たい涙ではなかった。明は流れる涙を拭いもしないで、ただ、ハナを抱きしめ続けた。ハナも、そっと笑って、明のことを抱きしめ返してくれた。たったそれだけのことで、今までのことが洗い流されるみたいだった。明にとって、それがすべてだった。

 

 

それからしばらくして、さっきまでハナを抱いていた明の両手は、今は明の顔面を覆っていた。研究所のリビングのソファに深く座り、明はついさっきの自分自身を殺してやりたい衝動を抑えるのに必死だった。感情に任せて何をしてしまったのか、思い出すのも恐ろしい。

「いやー、青春だったねえ」

 ハナを寝かしつけてきた博士が、二人分のコーヒーを手に、明の向かいのソファにどさりと座った。はい君の分、と片方のカップを明の前に置く。

「違うんですよ……あの時のあれは、何かの間違いなんですよ……」

 明はそれには目もくれず、ひたすら絶望的にうめく。

「若さってやつだねえ。僕も若い頃はあんな風にいろんなことに情熱を燃やしてたっけなあ」

 博士は明の言いわけには耳を貸さず、にやにやと笑いながら明をからかう。どさどさとコーヒーに砂糖を入れ、うまそうに一口飲んだ。君も砂糖いるかい、とシュガースティックを何本も明に差し出す。明はうなだれたまま、首を横に振るだけで返事をする。

「あ、あとこれ」

 明の絶望には一切構わず、博士は明が落とした携帯電話をテーブルの上に置いた。そういえば、恵子と通話しっぱなしで忘れていた。今はもう通話状態じゃなくなっているみたいだけど、落とした拍子に電話が切れてしまったのだろうか。むしろ、そうであってくれと明は思った。電話がつながったままだったなら、あんなに大声で叫んでいたのだ。全部筒抜けになってしまう。

「電話の子、恵子ちゃんだっけ? 君の幼馴染なんだってねえ。ハナのこともよく面倒を見てくれるいい子で、なんでもハナが君の家に住むようになる前から、ずっと毎朝君のことを起こしに来てくれてるらしいじゃないか。健気ないい子だ。生半可な気持ちじゃあなかなかそんなことは出来ないよ。『あとで話すことがあるから待ってろ』なんて伝言を預かっちゃったんだけど、一体どんな話だろう。君はハナのほかにもずいぶん女の子に人気があるみたいだねえ。さすが、ハナが見込んだ男なだけはある」

「い、いや、それほどでも……」

 しかし、またも明の希望はもろくも崩れることになった。落とした電話は無情にも博士に拾われていて、明の叫びは全部恵子に聞かれてしまっていた。博士の声のトーンが、さっきまでのからかいモードとは一変して、ハナを溺愛する一人の父親のそれになる。その目の奥に垣間見える狂気が、明を震え上がらせた。

「それで? ハナも寝ちゃったことだし、その恵子ちゃんは君の何なのか、じっくり腹を割って語り合おうじゃないか。さあ、夜は長いよ」

「あの、まだ夕方なんですけど……」

「じゃあ、あの夕陽のように熱く君の思いをぶちまけるんだ。さっきみたいにね」

「ははは……」

 どんな顔をして恵子に会えばいいのかとまた頭を抱える明に追い打ちをかけるように、博士はまたにやにやと意地悪な顔で明をからかい始める。なんだかこの前よりもずいぶんと機嫌がいいみたいだと明は思った。飄々と明をからかうのは変わりないけれど、明はなんとなくそんな気がした。やっぱり、博士もハナの体に異常がなくて嬉しいのだ。そうに違いない。当たり前だ。博士は、明なんかよりもずっと長くハナと一緒に暮らしていたんだから。

「ねえ、博士」

「んー? なんだい?」

 そう思うと、この何を考えているんだかよく分からない人に、すごく親しみがわいてきた。ハナを造って、育てて、そして、愛する人。

「交換条件ってことでどうです? 俺も恵子のこととか、ハナの友達のこと話すんで、博士は昔のハナのこととか教えてくださいよ」

 だから明は、この人ともっと話してみたいと思った。この人がハナをどう大切にしていて、どう愛していたのか、知りたくなった。多分それは、今までの明に一番欠けていることでもあったから。

「んふふー。乗った!」

 博士が目を輝かせて身を乗り出してくる。こんなに普段から親バカなんだから、博士だってハナがいかに可愛くて賢くて優しいかを自慢したいに決まってる。こんな山の中に住んでいたら自慢する相手もいなくて寂しかっただろう。

「ちょっと待ってね、アルバムを取ってくるから」

 生き生きと本棚から大量のアルバムを取り出す博士の笑顔は、明をからかうにやにや顔ともまたちょっと違う、本当に心から楽しそうにしているような、そんな風に見えた。それから博士はコーヒーのおかわりを入れると、ソファから半分立ち上がりそうなほど嬉しそうにハナとの思い出を語り始めた。明も、恵子のことや学校のこと、ハナが来てからの暮らしを、一つ一つ振り返りながら博士に話す。そうして二人はハナがお腹を空かせて起きてくるまでずっと、男と男の内緒話で盛り上がった。いろいろあった一日の締めくくりには、こういうのも悪くはないと明は思った。

 

 

 博士の家に一晩泊まったハナは、次の日にはすっかり元気になり、日曜日の夜にめでたく明の家に帰ってくることになった。ハナも前日の明の叫びには思うところがあったようだったけれど、改めて面と向かってそのことについて話すにはやっぱり気恥かしさが勝ってしまい、なんとなくお互いに意識しつつも、二人ともその話題には触れず、ちょっぴりぎくしゃくしたまま、日曜日の夜は更けていった。

 そして月曜日の朝。

 どうにも気まずい雰囲気の中、明とハナと恵子の三人はリビングのテーブルに座っていた。明とハナは朝食を食べながら、恵子はコーヒーを飲みながら、それぞれお互いの顔をちらちら覗いつつ、話を切り出すきっかけを探り合っている。三人の頭の中にあるのは、もちろん先日の明の愛の叫びのことだ。あれは愛の告白だったのだろうか、いや違う、愛と言っても、家族愛のような、そういう類のもので、他意はないのだ。明は誰に問い詰められてもいいように心の中で言いわけを次々と作り上げていく。

 しかし、そうこう考えているうちに、いつの間にかもう家を出る時間が近づいてきた。

「お、もうこんな時間か。そろそろ行かないとな」

「そっ、そうだね。明も恵子も気をつけてねー」

 わざとらしく時計を見て、明とハナは白々しく当たり障りのない会話をする。そのまま恵子と二人して立ち上がって、玄関まで歩く。玄関を出る時になっても、予想に反して恵子は何も言わない。

「それじゃ、今日は早く帰るから、ぶり返さないようにおとなしくしてろよ」

「はーい。いってらっしゃーい」

 ハナが手を振って、玄関の扉を閉めようとする。しかし、結局恵子は何も言わなかったなと安心しそうになった瞬間、ついに恵子が動いた。

「ちょっと待って!」

 恵子は覚悟を決めたように口元をきりっと結んで、扉に手をかけたまま間の抜けた顔をしているハナと向き合った。それは、いつもハナに見せていた優しいお姉さんぶったものではなく、ずっと昔からの、明と軽口を叩き合う時の、ちょっとだけ生意気な、明のよく見慣れた目だった。

「ど、どうしたの? 恵子」

 恵子の雰囲気がいつもと違うことに気付いたハナが、少しおびえたように眉尻を下げる。

「ねえハナ」

 恵子はハナの名前を呼んだ。いつもとは違い、『ちゃん』をつけずに、呼び捨てで。迷子になったかわいそうな少女をではなく、一人の恋敵を相手にするように。

「私、言っておくけど諦める気なんてないから」

 そして恵子は、ハナと目をまっすぐ合わせて、いつもの快活な笑顔でそう言った。

「えっ、えっ?」

「それじゃ、そういうことだから。宣戦布告、ってことで。ほら、行くよ明!」

 目を丸くして驚くハナにはお構いなしに、軽やかなステップで明の手を引いて恵子は歩き出した。

「えええ――――?」

 ハナの絶叫を背に、恵子はどんどん足を速め、ついには元気よく走り出す。急に手を引かれてよろめいた明も、なんとか体勢を立て直し、仕方なく恵子に合わせて小走りになる。

「お、おい。何言ってんだよいきなり」

「いいからいいから」

 恵子に引っ張られながら明が文句を言った。けれど、少し前を行く恵子の、妙にすっきりした横顔を見ると、明はそれ以上何も言えなくなってしまう。

「やっぱりうじうじ悩むのなんて私らしくないでしょ。見てなさいよ。これからも毎朝起こしに来てやるんだから」

 恵子は走りながら空を見上げてそう宣言する。そして急に立ち止まると、サンダル履きで慌てて玄関から出てきたハナを振り向いて、

「私には十六年のアドバンテージがあるんだから。簡単には負けないからね!」

堂々と胸を張り、ハナを挑発するように明と無理やり腕を組む。なんとかその腕から逃れようとする明をがっちりとつかみ、ハナを見て恵子はふふんと自慢げに笑った。

「あー! あー!」

 ハナも簡単にその挑発に乗って、二人を指さして悔しそうに叫ぶ。二人を追いかけたくてたまらない様子だけれど、外に出たせいで明とケンカになったことがまだ尾を引いているのか、まだ明の許可なしで玄関の前から先には行けないようだ。変なところで命令に忠実なのが実に犬っぽい。

「もー! 浮気したらダメなんだからねー!」

 ハナは明に向かって叫んだけれど、まだ諦めきれないのか、そこから動かないでずっと二人を見ている。このままだと明が帰ってくるまでそこに立っていそうだ。

「あーもう……。ハナ。何もしないから、もう家に入れ。まだ病み上がりなんだから」

「はーい……」

 このまま放っておくわけにもいかないので、明はハナのもとに駆け寄って、どうにか家の中に戻らせる。ドアが閉まる瞬間まで恨めしそうに明のことを見つめるハナにとりあえずの別れを告げると、明はひとつため息をついて、仁王立ちのまま明を待ち構える恵子のところまでまた戻り、歩き始めた。二人の間に会話はない。あんなに大胆なことをしでかした後で、さすがの恵子も照れているようだ。

「ハナもいるし、今すぐに返事をしろとは言わないけどさ、ちゃんと考えておいてよね」

「……ああ。分かってる」

 人通りの多い通りに出ると、ざわめきにかき消えそうな小声で、恵子がそんなことを言った。いろんなことがあった。明が今こうしているのは、ハナと恵子の二人のおかげだった。どっちかじゃなく、二人いなければいけなかった。新しい生活はまだ始まったばっかりで、どちらか一人を選ぶのは、まだ明にはちょっと早すぎるようだ。恵子の気遣いに、今はありがたく甘えることにした。ハナも、多分分かってくれるだろう。

恵子はそっぽを向いて、ちょっと不機嫌そうに口をとがらせている。恥ずかしい時の恵子の癖だった。この癖を見るのも久しぶりだ。それだけ長いこと何もかもをほったらかしにしてきたんだなと改めて反省する。でも、そうやって沈んでいたことも、きっと無駄にはならない。いや、無駄にはするまい。これからまた歩き出そうと明は思った。人ごみの騒がしさの中、気の早いウグイスが木の上で鳴いているのを見つけた。もう少しで長い冬が終わる。冷たい冬が過ぎれば、そこは春だ。新しい季節の足音が、ゆっくりと世界を塗り替えていく。

 

 

終わり