今日のウオズミ

サラリーマンがいろいろ書きます

イチゼロ年代のオタクが、笹本祐一『妖精作戦』を読んだので感想を書く

 

妖精作戦

 

ものすごく今更なんですが、突然妖精作戦を読んでおこうという気になり、シリーズ4冊を読みました。

夏だから『イリヤの空、UFOの夏』を思い出し、その流れで、著者の秋山瑞人らが影響を受けたと公言している『妖精作戦』も教養として読んでおくかという感じです。

 

最古のライトノベルなどといわれている本作は、秋山瑞人のほか、谷川流や有川浩などそうそうたるラノベ作家陣に影響を与えたとされているので、タイトルだけはずっと前から知っていました。

 

wikipediaでも、

現在のライトノベルに影響を与えた点として、三村美衣は『ライトノベル30年史』において、

主人公たちはただの高校生だが、おたく的な知識が事件解決の手段として使われている。また70年代から80年代のアニメや特撮物を共通基盤にした独特のノリ、型番やスペックをそのまま出すメカの書き込みなど、同時代的情報を共有する小説の流れは本作から始まったといっていい。

と述べている。

妖精作戦 - Wikipedia

とあり、名実ともライトノベルの元祖という扱いです。

 

そんな背景もあり、なんだかしっかり時間のあるときに腰を据えて読まんとなあと思っているうち、10年以上経ってしまいました。(初めてイリヤを読んだのが16歳ごろで、その時に本作のタイトルも知ったので、正確にいうと16年ほど経っていることになります。やばい)

 

本当にようやくようやく、タイトルだけ知っていたレジェンドを読むことができたので感想を残しておきたいと思います。

なお、うる星やつらビューティフルドリーマーのオマージュやら後続への影響やらいろいろ調べたら出てくるけど、そういうのはもっと詳しく解説しているサイトがあるからそういうメディア史みたいなのは専門の人にお任せして、完全に自分のお気持ちを書いていく感じです。

 

面白かったが、期待したほどではない

いきなりアレなんですが、まあいうほどか?ってのが正直なところです。

これはいくつか理由があって、

僕が勝手に『イリヤの空』的なストーリー(いわゆるセカイ系)を想像していたところ、実際はイリヤに通じる設定もありつつもメインはSFアクション的な内容(そして僕はそこまでアクションものが好きじゃない)だったこと。

年代の違いのせいか作中の価値観にうまく共感できなかったこと。

が主なところです。

アクションものだったっていうのは完全に僕の好みなんでしょうがないのですが、年代の違いによる共感しづらさっていうのは、30歳を超えてオッサンになりつつある僕はいろいろと気を付けていかないとなということを思いました。

これについて掘り下げていきたいと思います。

 

とにかく、古い。

地の文はまあ普通のラノベって感じですが、主人公たちの会話が、なんかこう…いわゆる昔の痛いオタクっていうか…

「そーゆーこと」

「かーいくてなぁ」

「あいよ、しょーちした」

みたいな、いちいち伸ばし棒を入れてくる感じがキツかった。

 

あと、主人公たちは高校生なのですがやけに大人にタメ口だったり、軍隊にも物怖じしないみたいな振る舞いをするのもちょっとありえんなと思いました。

偉大な作品に対してめちゃくちゃ失礼なのですが、ぶっちゃけ古の2chねらーだった僕としてはSS詠矢空希シリーズを思い出してしまいました。

詠矢空希とは (ヨメヤソラキとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 (nicovideo.jp)

 

しかしこれは、逆説的に当時のライトノベルのオタクに対する影響力がそれほど強かったといえるのでしょう。

これらの文章は当時としてはおそらく画期的な表現で、おそらくこぞっていろんな作品で使われた。それを読んだ当時のオタクたちが影響を受けて真似をしまくった結果、このような文章表現は現代において痛いオタクが使いそうなテンプレみたくなったんだと思います。

 

今の若いオタクたちはどんな作品のどんな言い回しに影響を受けているんだろうか。

 

キャラがやけにハイスぺック、ご都合主義感も強く感情移入しづらい

主人公はそうでもないのですが、主人公の友達がやけにハイスぺで、ゴリゴリバイク運転したり軍人にも負けないぐらい戦闘能力があったり、謎の伝手から裏社会()の情報を入手してきたりして、お、おう。となりがちでした。

ちょっと不意打ちをかましたぐらいで軍人をノックアウトしたり、初めて潜入した秘密の軍の司令基地みたいなところのダクトをうまく利用してお目当ての場所に誰にも見つかることなくたどりつくみたいなのが当たり前に起きており、何度「いやそうはならんやろ」とツッコミを入れたくなったことか。

それが大きな理由で、彼ら彼女らに感情移入がしづらいんですよね。

ラノベだから最終的に高校生が軍人やっつけたりしてもまったくかまわないのですが、もうちょい苦戦したり味方サイドの強い大人のサポートに助けられたり搦め手を使ったりしろよと。なに素のスペックで勝っちゃうんだよと。

僕は異世界チート転生ものとかも好きじゃないんですけど、そういうジャンルを見せられているような気になってしまった。

 

あとはご都合主義感ですね。

たまたま監視カメラに見つからなかったり、たまたま不時着したところがいい感じの島だったり。

死ななかったのが不思議なくらい(なお死ななかった理由は説明されず、本当にただの幸運)。

みたいな。

ほんとにそれでいいのか?とちょっと白けてしまう場面も多々ありました。

 

テンポが悪く感じた

沖田という男キャラと、つばさという女キャラがいるのですが、まあこいつらは顔を合わせるとどんな場面でもガチ喧嘩を起こす。

本当に時と場合を選ばず、軍人に追われていて今まさに捕まるか捕まらないかというカーチェイスをしているようなときも、急に殴り合ったりしだす。

あとは宇宙に飛ぶロケットの中とか、ダクトみたいなところに忍び込んでいる最中とか。

何度かほかのキャラに「時と場合を考えろ」的に叱られているのですが全然直らない。

正直、うんざりしました。

もしかしたら映画だったら、敵から逃げると喧嘩するは同時に画面で映せるのでありなのかもしれないですが、文章を読んでいると、敵から逃げる場面で急に喧嘩の描写が入るからほんと話の腰を折られている気しかしないです。

ありえないでしょ、捕まったら殺されるかもみたいな場面で隠れながら殴り合いを始めるとか。

まいどお約束の、みたいなこと地の文で書いてましたが、いやそんなのお約束にすなと思いました。

 

いうほどトラウマにはならないが、説明不足感のラスト

ネタバレを含みますので、気を付けてください。

 

極力事前情報を入れずに読んだので、最後どうなるかは知りませんでした。

けど、googleのサジェストで「妖精作戦 トラウマ」とか出てきたり、作中でもうっすら仄めかされていたりでなんとなくヒロインが悲しい最期を遂げると予感していました。

それで、実際にその通りのラストなのですが、いかんせん唐突。

ずっと仲間たちとアクションしまくって、大団円に向かって逃げ切るぜ勢いでハッピーエンドにしてやるぜというノリだったのに、最後の最後であのラストですわ。

 

え??みたいな。

これまでのはなんだったの?という感じがしました。

あのラスト自体に文句はないし、なんなら好きな展開です。が、やっぱり唐突すぎるという印象です。

唐突だからこその、当時トラウマになるような衝撃を読者に与えたのだろうとも思うけど、やっぱりある程度そこに至るまでの積み重ねみたいなのは欲しかったなあと思いました。

 

(余談)ヒロインの名前が「ノブ」

こいつの顔しか浮かばんのじゃあ!

 

最初に始めるということの偉大さ

とはいえ、とはいえです。

レジェンドと聞いてたので期待しすぎていたこともあり上記の通り不満ばっかり書きましたが、普通に面白かったのも確かです。

不満として書いた内容も、こうやって思い返すとストーリーに対してではなく表現方法とかに関することが多く、ストーリー自体は王道でありながら魅力的なお話だったと思います。

時代の違いもあり、ものすごく楽しめたかというとそうではないですが、やっぱり最初にこういったジャンルを世に出したという点は偉大であったと思います。

 

聞いたことのある話なのですが、シェイクスピアを見た教養のない人は「古いことわざばっかり出てきて全然面白くなかった」というそうです。

当時の表現が現代においてもことわざとして残っているということは偉大でしかないのですが、それがわからないとこのような感想になるんだとか。

 

オタク界でも似たことがありますよね。

そう。ジョジョ。

ジョジョを見たにわかオタクは「ネットミームばっかりで草」とか思うらしいです。あまつさえ「ネットミームを安易に使えばいいと思っている」などと批判する人もいるとかいないとか。

いうまでもなく因果関係が逆で、特徴の強い表現がネットミームと化したに過ぎないのですが、ネットミームありきで原作を知らないとこうなる。

ジョジョの影響力があまりにも強いという証明ですね。

(まあ僕もジョジョ未履修なんですけどね。ネットミームの由来になったコマとかしか知らないので偉そうな口は叩けません)

 

さておき。

当時の読者の感想などを調べてみると、やはりあのラストは当時としてはありえないほど衝撃的だったようです。

「やっていいことを広げた」というコメントもありました(当時はハッピーエンド方向の結末しか認められていなかった?)。

今でこそ色んな結末、表現があり、その多様性に良くも悪くも慣れてしまったのですが、その原点というか源流にはこの作品があったのかなと思うと、その偉大さがわかります。

エロもグロもハッピーエンドもバッドエンドも普通にある今のオタク業界においては、それこそシェイクスピア並の偉大さ(言い過ぎか?)かもしれない。

 

こうやって僕の青春時代の好きな作品たちも古臭い扱いされていくんでしょうね。しかし、それも受け入れないといけない。

気づいたら、妖精作戦を思ったほど楽しめなかったというだけの話がこんなに長くなってしまった。

それだけイリヤの空にクソデカ感情を持っていたんだなと改めて思います。

 

すごい昔に、このブログでこんな記事を書きました。

www.uozumitoday.com

 

もう6年も前か。

この記事は、たまたま漫画家のきづきあきら先生の目に留まりリツイートしてもらったおかげでちょっとバズりました。(宣伝)

 

妖精作戦の感想をいろいろ口コミとかで調べたんですが、この作品が青春ど真ん中の世代(80年代半ばで高校生ぐらい→今だと50代とかぐらい)の人が「いまだにこれより好きな作品はありません。自分にとっては最高です」みたいなこと書いてて、完全にイリヤとかハルヒを推してる自分と同じだ…となりました。

僕はいまだに『イリヤの空、UFOの夏』が至高の作品だと思っていますが、さすがに出版から20年以上経っているので10代20代のオタクからしたら古いでしょう。

「自分は好き」という気持ちは持ちつつ、「これこそが至高!」とはあまり言いすぎないほうがベターでしょうね。

 

それはそれとして、イリヤが至高と思いつつ僕はまだちゃんと最新作を追いかける感性は持ち続けられています。

今日だって、『響け!ユーフォニアム アンサンブルコンテスト』をちゃんと映画館まで見に行ったし、最近は水星の魔女、スキップとローファー、僕ヤバなどなどしっかりと満喫してます。(水星の魔女なんか特にそうですが、近年の作品はほんと洗練されている感じがしますよね)

 

25歳の自分へのアンサーとして、俺はまだまだ感性ビンビンでやってるぞ、と言いたい。

昔はよかったと懐かしむだけでいるのは嫌だという思いは、まだまだ持ち続けたい。

今のところは、できているのかなと思います。

 

これかもよきオタクライフを。