今日のウオズミ

サラリーマンがいろいろ書きます

適応障害による休職から元の職場へ復帰して気づいたら2年以上が過ぎてた。ので、いろいろ思い返してみる

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どうも、ウオズミです。

2017年頃、パワハラと激務により適応障害を患い4ヶ月ほど休職し、そして元の職場に復職するという経験をしました。 

 

当時からちょこちょこ日記のように自分の心境だったり病院に行くときのポイントだったりを、当事者なりに記録しようと思って記事を書いていましたが、気づいたら随分時間がたっていました。(当時の記事めっちゃ適当だし文章ヘタクソだし恥ずかしいな…)

未だに、検索からそこそこ人が読んでくれているものもあるので、復帰後の自分の働き方についてちょっと思い返してまとめてみます。

普段はマンガの感想とか仕事の愚痴ばっかり書いてるオタク日記ですが、自分と似た境遇の人の参考になればいいなと思います。

 

 

 

復帰以降に担当した仕事

2017年春~2018年夏(工場)

復帰してすぐは、さすがに休む前と同じ仕事は無理だろということで、データ整理とか、資料準備とか、事務的な雑用をしつつ様子を見る感じでした。

しかし、当時担当していた業務の現場要員が足らんということで、なんと2交代の現場作業に入ることに。

弊社の大卒総合職としては異例(というかほとんどない)な措置でしたが、まあ仕事へのリハビリと現場研修も兼ねてちょっと追加でやっとこか、程度のノリでした。

元々営業職で入社して、休職前は工場にて営業兼生産管理をしていたモヤシっ子の僕が、2交代なんてやって生きていけるのか?と最初はすごく不安でした。

地元の工業高校を出たゴリゴリのオッサンたち、そのなかには休職の一因となったパワハラをしてきた人間も現場にいました。

そういう人達と今度は良好な関係を築けるのか?

また、正直に言うとやはり「難関大学を出てエリート職である自分が、なぜメンタルを病む原因となった人間たちと一緒に、しかも泥臭い肉体労働に従事せねばならないのか?」という気持ちも当然ありました。

(当時のブログを読むと割とボロクソ悪口書いている記事もありますね笑)

ただやはりそこはサラリーマン。

自分で元の職場に復帰すると決めたからには、文句は言えません。

内心すごく嫌な思いもありましたが、決められた期間内だけのことと割り切ってやるしかないという覚悟で、ツナギと防毒マスク、ゴーグルを身に着けて現場作業に励む日々が始まりました。

数ヶ月引きこもっていた体に、有害な粉塵舞う現場で立ちっぱなし動きっぱなしの現場作業は体力的にめっちゃしんどかったです。

またそれ以上に、やはり現場(子会社、孫会社)の作業員の人たちからの「ボンボンがどのツラ下げて戻ってきやがった。どーせ腰かけ程度の研修ごっこしたらまた事務所でぬくぬくするんだろエリート様がよぉ」みたいな空気感もあり、「休職明けにこれは過酷すぎだろ…」と何度も思ってました。

 ↑めっちゃ愚痴ってます

 

そして当時は「リハビリ程度に1~2ヶ月現場で働いて現場のことを学んだら、徐々に通常の(大卒総合職としての)仕事にシフトしていこう」という方針だったのですが、作業員の人手が足らんということで、結局ズルズルと1年以上現場での交代勤務に従事してしまいました。

同期入社の仲間たちはそれぞれの配属先で高度な仕事をしている中、自分だけ交代勤務で体力だけしんどい現場仕事をしているという事実。

そのうち同期どころか同じ工場に勤めている後輩のほうが難しい仕事をし始めるようになり、焦る気持ちも正直ありましたし、現在(2019年)も休職+現場作業していた時間の分だけ周りに差をつけられていると感じています。

今後僕のサラリーマン人生はどうなっていくんでしょうか。

まあなるようにしかならないでしょう。

 

ただ現場にずっといてよかったと思うところもあります。

  1. 地元の社員との仲が深まった
  2. 現場へのリスペクトが強まった
  3. 安全意識が高まった
  4. 現場の知識がついた

などです。詳細について書いていきます。

 

1.地元の社員との仲が深まった

やっぱりこれはでかい。

(最初はめっちゃ嫌だったけど)地域密着型みたいな働き方をしたおかげで、現場の人たちと仲良くなりました。

復帰当時に白い目で見てきた連中も、僕がめげずに頑張っているうちに認めてくれるようになったのです。(彼らは「体を張る=頑張る」という思考をしているので基本的に頭を使った仕事をする大卒は嫌ってるのだが、一緒に肉体労働をすることで僕のことを頑張っていると認識してくれたようです。実際は事務所で働いてる他の大卒の後輩のほうが頑張っていたんですが…まあ実態がどうあれ、大卒の人間が工場でつつがなく働くためには現場のオッチャンたちから「男」として認められるのは大事なことです)

現場はオッチャンだらけということもあり、いつしか僕も現場からかわいがられる存在となっていき、僕が一緒に体を動かすことで指示を聞いてもらえるようになったことも多々ありました。

僕が配属された工場は弊社内でも規模の大きな工場で、大卒社員もいっぱい配属されます。

そのため、数年後にまたこの工場に配属となる可能性はかなり高いわけです。

ここで培った人間関係は、きっと何らかの形で僕を助けてくれるでしょう。というか助けてほしい。

 

2.現場へのリスペクトが強まった

正直、自分がいい大学を出たものですから地元の工業高校を出てそのまま工場で働く人たちを下に見る気持ちがなかったとは言えません。

ロクに考えもせず自分が楽するための文句しか言わず、操業指示を無視したり作業をごまかしたりするような普通にクソ作業員もいた為、休職前はヘイトしかなかったというのが本音です。

ただ実際に一緒に現場で働いてみて、そういうクソ人間ばっかりではないことが分かりました。

というかむしろ、多くは真剣に作業に向き合っていて「俺たちが会社の製品を作ってるんだ」という誇りを持った人でした。

メーカー営業の僕は会社が作ったモノを売るわけで、売るためにはモノを作る人が必要なわけで、そういう人たちのおかげで会社が成り立っているわけで。

面接とか、会社内ではもちろん現場あってのメーカーみたいなことはずっと言ってるし上の人も同じこと言ってるけど、本心からそれを言えるかどうかってのも大事だなと思いました。

 

3.安全意識が高まった

現場では、でかい機械とか粉砕機のメンテナンスとかを毎日しています。

粉砕機はマジでなんでもかんでも粉砕してしまいます。

人間なんかイチコロです。秒でミンチです。もし巻き込まれたらとか想像するとぞっとします。

そんなもののメンテを毎日していました。

ブレーカーを落とし、主電源を切り、安全札を掛けたうえで粉砕機の中に入っていろいろ作業するのですが、当然、誤作動したり誰かが機械を動かしたりしたら終わりです。

まだ死にたくないので本気で安全確認をしていましたが、結構本気でいつ死ぬかわかんねーなと思ってました。

そんで、長年作業をしていると慣れからかちょっとした手順を飛ばしたりするようになる人もいるんですよね。

指とか命を持っていかれるのはそういう人なんですが、たまに関係ない人を巻き込んでしまうケースもあります。

自分が傷つくならまだしも、他の人を巻き込んでしまったら…償いきれるものではないと考えます。

「上の人間は安全安全と簡単に言うけど、バカ正直に守ってたら生産が間に合わねえよ」という現場の人もいました。

しかしそれでも、生産が落ちようとも納期が遅れようとも、安全第一です。

口先だけの安全第一にならないよう、仲間を守れるよう、全力を尽くさないといけないという思いが芽生えました。

これは今の営業仕事だとあんま関係ないですが、将来的に僕も工場の幹部になるので、その時に発揮されるでしょう。というか発揮したいです。

 

4.現場への知識がついた

少なくとも自分がいた現場の機械や生産方式については、弊社内の大卒営業の中では一番詳しくなれたという自信があります。

なにしろ現場で1年間も交代勤務をしていた大卒は僕しかいないので笑

技術者にはさすがに知識で負けますが、営業畑の人間で僕くらい知識があれば、将来的に武器になると思っています。

今は別の分野の担当なのであまり直接的に役立ってはいませんが、関係部署の後輩営業からたまに現場のことを聞かれるので、社内でも「この分野はウオズミが詳しい」という位置づけにはなれたのかなと思います。

多分こういうのがサラリーマン的に大事なんでしょう?知らんけど。

まあ実際、僕の上司とか僕の担当の仕事についても「なんでそんなの知ってんの?」みたいなこと知ってるんで、すげーと思います(上司が自分の担当する仕事に詳しすぎるのも厄介ではありますが)

 

僕の1年間の交代勤務はこんな感じで過ぎました。

そして2018年夏頃、転勤の辞令が出て、工場勤務が終わったのでした。

余談ですが、僕は普段から涙もろい人間で、なおかつ現場勤務が長かったこともあって現場への愛着が強かったので、送別会では死ぬほど泣きました。

 

2018年秋~2019年夏(営業)

そして2018年秋から、大阪へ異動となり本格的に営業担当としての仕事が始まりました。

今からちょうど1年前です。

現場に配属された大卒総合職は、高卒作業員が多い職場においてはほぼ管理職としての仕事をすることになります。

なので現場で2年ほど「お勤め」を終えた大卒総合職は、通常はかなり仕事能力的に「仕上がってる」んですよね。

業界のビジネス形態や実際の製造現場への理解も深まり、ある程度自分で考えて下の人間に指示を出したり、若いながらも現場の管理職級という立場でクライアントのアテンドなどをこなしたりするので、かなりレベルが上がります。

ただ上述の通り僕は休職からの現場作業員という道を図らずも歩いてしまったので、年次から期待される経験・能力との開きがかなり残念なことになってました。

同期が生産計画をいかに予算達成させるか、最も効率の良いデリバリー手段は何か、外注管理は適切か、コンプライアンス違反はないか、etcetc...よく分からんけど入社2年目3年目にとっては難しい仕事に頭を悩ませている中、僕は有毒な粉塵舞う現場で熱中症の疑いのある作業員はいないか、機械のメンテをサボってる奴はいないか、予備の防毒マスクはちゃんと発注されているか、程度のことしかやってないですからね(一応これらも大事だけど)。そりゃ差もつきますわ。

 

というわけで、営業に配属されたばかりのころはまあ怒られまくりました。

入社4年目として期待される能力がまったく身についてないから怒られるのもしゃーなしではあるんですが、内心は「いやハンデあるんだから優しくしてよ…」ってずっと思ってました。

九九しかできないのに2次方程式とか解かされているような、もはや何が分からないのか分からない状態が続き、しんどかったです。

正直、休職してるときと同じくらい転職したいと思ってました。

ただすでに一度休職している身の上もあり、能力的にも社会人歴に見合う実力がないということもあり、「今転職活動しても今の会社以上のとこいけないやろ」という打算の元、なんとか辞めるのは我慢して頑張りました。情報収集はずっとしてますが。

一応、業界としてはすごい好きだし。

しかし振り返ると、配属当初は目も当てられないレベルだったのが、ここ数ヶ月くらいは同期に比べてやや劣るくらいのレベルにはなってきた感があります。

こっから数年したら今以上にハンデとか言ってられなくなるだろうと思うので、並の評価を得られるくらいには頑張ります。自分の市場価値のためにも。

 

まあそんな感じで営業に配属されてからの1年はあっという間に過ぎてしまいました。年々時間が経つのが早くなりますね。怖いです。

無能なりに頑張ったかな?とは思います。まあこれからもなるようになるでしょう。

 

給料・出世・昇格のこと

4ヶ月休んだことによりウオズミの給料はどうなったのかというと、同期とさほど変わりません。

復帰直後のボーナスは、休んだ日数に応じて減らされてたけど、勤務日数が違うんだからそこはしゃーなしですかね。

普通に勤務し始めてからは、特に減らされるとかもなく、通常通り貰えてます。ありがたいです。

 

ただ出世・昇格についてはまだどうなるか分かりません。

現在僕は、総合職として1番下のランクに位置付けられています。

そして同期の大卒総合職のみんなも同じランクです。(大学院卒の同期はまた違いますが)

まだ僕らは入社以来「昇格」というものを経験してないんです。

基本的に弊社は年功序列の色が濃くある程度の職位まではお手てつないで昇格するシステムになっていて、そろそろ同期みんな揃って下から2番目のランクに上がるタイミングらしいですが、そこに僕も含まれているかはまったく分かりません。

休職中こんな↓記事を書いたりしてましたが、まじで悩んでも意味ない。

なんなら復帰後も悩む意味ないまであります。

だってわかんねーもん。

もう10年くらいしたら同期間で明暗分かれてくるんでしょうけど、まだペーペーの僕らには早すぎるようです。

まあもし同期が揃って昇格する中で僕がランク据え置きだったらその時考えます。それか諦めて1つ下の年次のつもりで生きていきます…

 

仕事がらみの人間関係

こちらはまあまあ良好です。

復帰直後は、休職に追い込まれる原因となった人間が近くにいることもあり不安が大きかったのですが、幸い(?)なことにその加害者のほうが周囲から疎まれるような性格だったため、多くの同僚は僕に同情的でした。

そんな背景もあり、なんとか2度目の休職ということにもならずやってこれています。

大阪へ転勤になった後は上司間の板挟みに悩んでいますが、これも休職とは関係ない出来事なので、休職が原因で社内で悪評が立ったり人間関係が悪くなったり、ということはありません。

入社2年目に休職をして、すでに今は5年目になっています。僕が過去に休職していたという事実を知らない後輩社員も随分と増えたため、特に若手社員の中では僕の休職が話題になることすらありません。

僕自身、いつまでも腫物扱いされるのも居心地が悪いでしょうし、今の感じはありがたいです。復帰後は努めて明るく振る舞うようにしていましたが、正解でした。ずっとグチグチ言うような人間より、過去は過去と割り切ってさっぱりしている(内心はどうあれ)人間の方が周囲からも好印象ですねやっぱり。

まあ加害者のことを許したわけではありませんが。こいつとの人間関係は一生改善することはないでしょう。できるならクビになってほしい。幸いこいつは地方の高卒作業員なので、大阪とか東京で働いている分には一切関わりません。これも今心穏やかに働けている要因の一つですかね。

 

まとめ

適応障害による休職から、元の職場へ復帰してもう2年以上も過ぎていたことに自分でもびっくりしています。よくあれから復帰して(しかも同じ会社で)、辞めずにやってこれたなあと。

休職(と復職)を経験した工場から今の大阪営業場所に異動になって丸1年経ったこともあり、復帰以降の仕事を振り返ってみました。

やはり時がある程度解決してくれるというのもあり、当時よりはかなりフラットな気持ちで振り返れました。

人生いろいろとクソなことはあったけど、そしてこれからもあるだろうけど、生きていくしかないのだなという気持ちになりました。

僕の体験談が、休職した人、休職したい人に少しでも役に立てばいいなと思っています。

 

以上、ウオズミでした。